前回のあらすじ

有償依頼、コミッション、といったものは近年画業界に顕著に見られる事柄である。

そもそもどのような作品を提供することが善いことなのか。その一つとしては、人民が求めているものを提供することが最も善い、といえるかもしれない。(下等動物も絵などを見て喜ぶことがあるかもしれないが、ここでは考慮に入れない)

一方で、作品を作りたいというその欲求そのものに突き動かされて作ることも価値がある。

依頼は、クライアントが求めているものを請け負って制作して納品するものである。だから当該クライアントが強く求めているのは事実だけれど、他の人民が求めているものかというと必ずしもそうではない。ただ全ての人民が全く各々の個性に従って別々のものを希求していると考えるのも不自然であるから、作者としては一つの推定をする必要がある。

つまり、「これから制作する作品は、どれだけの客が希求しているものなのか」を考えて、もちろんクライアントの要望を最優先にしつつ、他の顧客候補らがどれだけ喜ぶものなのか、先んじて推定できなくてはならない。

依頼を受けるというのは、対価がもらえて嬉しい、あるいは一定の実力を評価されているのだから嬉しい、という思いをもたらす。制作は楽しいことばかりではないが、楽しくできるようにコントロールするのも技量というものだろう。

ある種の鈍感さ、図太さ、といったものは年齢と共に身についてくるというか、若いとその正反対のことになりがちなので、若ければそれでいいというものでもない。経験を積んで、落ち着きを持って作品に取り組めるようになるのが一番である。

ちょっと余談だがこういうウェブログの記事を有料で読ませる機能もあるそうである。有料の記事……そういうものをわざわざ読みに行くことはないが、どれだけの手間と労力がかかっているものなのだろう。ロハの記事も有料の記事も同じ態度で作れたらラクだろうなと思う。エロ小説、ないしはエロSSといった低ヒエラルキーな代物でも、金にしようと思えばなるよなぁ、吾輩にも書けないものであろうか、と思っている。